DVD鑑賞に耽ってみる42008 / 04 / 20 ( Sun )
tsutayaの棚の前で暫く悩んでみた。
何となく…と言うか観れば絶対に考え込んでしまうだろうなと思い、一度は諦めて他のDVDに手を伸ばしたのだが。 やっぱり気になって借りてきたしまったじゃないか。
観終わって…… 書こうか書くまいか。 やっぱり考え込んでしまって、文章を書き始めるまで時間がかかってしまった。 重い、と言うか。 この映画を観た人たちに、何かしらを考える機会を与えよう、と言った点ではこの映画を撮った監督の意図は達成されたんじゃないのかな、と思うのだけど。 どうだろう。 いや、これは自分が勝手に思った監督の意図なのだけど。 でも、これを観た人たちはそれなりに、命の終わりについて、自殺について、を考えたんじゃないのかな。 アメリカ・サンフランシスコにあるゴールデンゲート・ブリッジ。金門橋と訳される。 世界的に観光名所として有名である。 そして、2006年公開されたこの映画で、自殺の名所としても有名になったのではないだろうか。 自分もそれまで知らなかったし。 2004年の1年間を4台の定点カメラで撮り続けたドキュメンタリー映画。 この1年で、ここから飛んだ人の数は24名。内3名の遺体は上がらなかったと伝えている。 この数字が多いのか少ないのか、自分には判断できない。 神の目目線、と言えば大袈裟かもしれないが。 抜けるような青空の中鮮やかに映る赤い橋。 霧に煙る中、雲の切れ間、夜のライトアップ、連なる車のランプ……姿を現す赤い橋。 正確にはインターナショナルオレンジという鮮やかな朱色だそうだ。 それはそれはとても美しい風景だ。 早送りで流れていくそれは日々の経過を表し、その中ここを自らの命の終わりの場所として選んだ人たちを淡々と映している。 合間に、ジャンプした人に縁のある人物のインタビューを交えて。 実際にジャンプしたが生還した若者のインタビューも含まれていた。 この映画を観てから、いくつかレビューを読んだ。 賛否両論。 なかなかに難しい評価だったかも。 この映画の軸となるジーンと言う男性が、欄干に立ち道路のほうを向いたかと思うと、背中から倒れていった。弧を描いて吸い込まれていく彼の姿は、一種の感動を覚えるほど鮮やかだった。 振り向いた彼は、最後に何を思ったのだろうか。 死者の言葉を聴く能力はないが、 誰に向けることのない、bye、と呟く彼の声が聞こえた気がした。
個人的には、できることなら限りある人生を限りある命を大切にしてほしいなと思っている。
生きたくても生きれなかった人を知っていること、 幼い命を失った人を知っていること、 自分が出産経験者であることと曖昧かつ不確かな自分の幼い頃の記憶があること。 それらを生きてきた中で経験してきたせいか、生と死に対しての価値観がそれなりに重きを置いているからだ。 それらを経験する前に、この映画を観ていたら、また違った感想を抱いていたかもしれないが。 観始めて、助けないのか?と思ったのは人としての理性が働いたからだろう。 しかし、助けてどうなる?と思ったのも事実だったりする。 大切にして欲しいと思うのは事実だが、だからといって自殺を否定してるわけではない。肯定もしないが。 矛盾してるかもしれないが、自ら命を絶とうとするには、それなりに何かを背負っているのだと思う。 他人にとっては些細なことでも、本人にすれば死にたいくらいの出来事だったりするのだろうから。 彼らの多くはうつ病にかかっていたと言うが。 それだけでなく心の病と言うのは非常に繊細で難しい。 表面から見えないから尚更わからないといういうこともあるし。 と言う自分も過去、壊れたかけたこともあったが、今は表面に出てくることは無い。 が、いつ何時出てくるかわからないので、ちょっと爆弾を抱えている状態と言ってもいいのかも。 まあ、原因はわかっているので、それを遠ざけている間は大丈夫かなと。 それに時間が経っているのもあるのだろうから。少し冷静に考えられるようになったということか。 それでも、不思議と死のうとか死にたいとか思ったことがないのだ。 やはり、これまで経験したことが根底にあるからか。 死者が残された者の言葉を聴くことはできないだろう。 ジーンの友人である彼の言葉が胸を打つ。 「どうして俺を悲しませたんだと怒ってやりたい」 |
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